カップの中のユートピア

キュッ、キュッ


カウンターには今日もバーテンダーがグラスを磨く音が響いている。
その音とは別に、カツンカツンと足音が聞こえた。



「おう、お疲れ」
「うん」



カウンターかの横から現れたヴィノにちょっとした労いの言葉を投げかける。
それはほんの些細なことだが、彼らにとっては当たり前であり、彼女にとっては少し嬉しいことだった。



「ワイン持って出てくるなんて珍しいな」
「ジュンに見せてくる」
「CH．コス・デストゥルネルじゃねえか」
「予約の」
「へえ、大層なモノ飲みたがるんだな…まあ、俺は予約客には出番ないからな」



言葉少ない彼女が紡ぐ言葉だけで会話が成立しているのか、彼はグラスを磨きながら笑ってつらつらと言葉を続ける。



「仕事あるでしょ」
「…え？」
「食後酒」
「え？俺聞いてねえけど？」
「……」



言葉に出さないうえ、表情も変わってないが、彼には彼女が何を言いたいかはひしひしと伝わっている。
表情を変えたのは寧ろ彼の方で、口元をひきつらせたかと思えば、突然何かを思い出したかのように笑った。



「くくっ…」
「どうしたの？」
「いや、結構前にもこんなことあったと思ってよ」
「…？」
「気にすんな、俺が勝手に覚えてるだけだからよ」
「何それ…」




それは、彼が彼女に焦がれたあの時のこと。




「マックス、今日の予約の食後のカクテル頼む」
「は？」



彼がVasilicoにバーテンダーとして入って１ヶ月以上経ち、店の雰囲気にも慣れてきた頃
厨房を任されているジュニオールから突然放たれた言葉に驚きを隠せなかった。



「は？じゃねえよ…さっき店長から電話で、食後酒をワインベースのカクテルに変更しろとか言いやがった」
「いきなりだな」
「あの店長だから当たり前といや当たり前なんだけどな…」



ジュニオールが店長に振り回され続けていたのは聞いていたが、頭を抱えて大きなため息をついているあたり
自分の想像以上店長に彼は振り回されているようだ。



「ワインベースなあ…」
「ヴィノ、」
「…何？」
「話聞いてたか？」
「うん」
「マックスにワイン見せてやれ」
「ん。」



彼女とは、この１ヶ月でほかの店員ほど言葉を交わしていない。
彼女がワインセラーにこもっているというのが理由でもあり、彼女自体口数が少ないというのも理由なのだが。
二人の会話をボーっと聞いていると彼女がこちらを向き、小さく手招きした。

そして連れられたのが、彼女がいつもこもっているワインセラーだった。
この店唯一のワインソムリエはヴィノであるからなのか、自分にわかりやすいように
並べ方に拘っている様に思える。



「赤はこの棚、白は隣でロゼは奥の棚ね…」
「おう、サンキュー…甘いスパークリングってどれだ？」
「甘口のスパークリングは…」



食後に飲むカクテルは度の強いもの、または甘いものを飲むのが定番である。
しかも店長の要望はワインベースときた。
彼が考えたのは、ティツィアーノだった。
オレンジのグラデーションが目にも鮮やかでありながらアルコール度数、甘さも丁度いい。



「これがいいと思う…」
「これは？」
「フランチャコルタ・キルヴェ・ブリュット」
「キルヴェ・ブリュットか…」
「生産国はイタリア、スタンダードだけど30種類ブレンドして3年熟成した洋梨ととバニラのアロマだから甘いよ…」
「へえ…ティツィアーノにはぴったりかもしれねえな」



そう彼女に返答しながらも、頭の中では彼女は普段以上に言葉を発しているということに
驚いている…ワインのことになると自分から話すという一面があった。



「(ワインのことになると、そういう顔もするわけか…)」



「君に愛される、あの子になりたかった」
　　　　　（教えてやらねえよ、これからも）

---

あとがき

というわけで、短編更新キャンペーン第１弾の作品です！

バーテンダー・マックスのお題は「君に愛される、あの子になりたかった」
マックス単品ではなく、マクヴィノになりました。
マクヴィノ、というかマックス→ヴィノの始まりのお話ですかね。


……ところで、1週間に1本更新って言ったのは誰かな？



＼はーい／




2本目以降頑張って更新します_(:3 」∠)_


開始：0830
完成：0909（投稿時間は下書きの時間です）



 

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